晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

あなたの存在

【 自然 】

You Raise Me Up
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冒頭の曲は♪You Raise Me Up。意訳は何か。
差し詰め「あなたの存在が私に力をくれるからこそ
今の自分を越えて頑張れるよ」となるかも。
あなたの存在って良いなあ。
内に閉じこもってばかりの人生じゃつまらないと
気づくのなら存在を心の在処にすれば良い。
そう思いこのブログを書き始めたのは五年前。
多くの人にアクセスをしてもらい今の自分がいる。
ちょうど五年経ったので少しだけ体裁を替えるつもり。
句座の仲間の作品ではなく私自身の愚作を披露。
もちろん誰かの存在があってこその筆致である。
追補-写真は石狩ハマナス公園での撮影。
石狩浜はちょうどハマナスが花盛り。
手前にハマナスを置き中景に灯台をとレンズを
向けると木道を走って来た幼子が現れる。

◇ 水無月近詠 ◇
ゆらゆらと思ふ人ゐて余花の頃
翠巒へただ無垢の声呼びかける
一湾の廃船疼く海霧の中
泉湧くこの地を守り瀬々の里
若夏の影あらあらと踏んでみる
跡形もなく父遠き麦の風
拠り所なきを繕ふ蜘蛛の糸
踊る火の大蛾を悪女と罵る
緑陰や語るべきこと何もなく
魂を売るほど甘くない清和
母の日に走り根の語彙伝え聞く
白亜消え全山を知る今朝の夏
愚痴ばかり言ふて卯の花腐しかな
今さらに旧時を語る青葉木菟
皺の手に刃筋きらりと蕗を刈る
独り居をこれ幸いと更衣
閑寂の境地に向かふ道をしへ
せめぎ合ふ思潮束ねる滝の道
沈水の句想新たに浮いてこい
諧調の景さやさやと夏に入る
片減りの靴そのままに夏野原
折々に触れ観山の風青し
小窓打つ白雨に流す身の埃
赤裸々に告白散らす芥子の花
 
拍手があれば嬉しいな
   
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春の夢

【 徒然 】

春の夢
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少し前の3月まで。
まあ良くぞ遮二無二何に賭けていたのか。
齢を考えるとそんなにできないわけがないのになあとも。
さまざまなことを何やら整理をして気づくわけである。
少し前の新聞に同床異夢の文字があったけれど。
何やら春の夢とは少しだけ違う。
どうせ一度の人生ならばそう容易くは時を過ごせまい。
そうのたまうて生き様を貫くこともかつては知っていた。
同じ轍は踏まないとの誓いも危ういところだがもう少し
先送りの春の夢と相成ろうか。
けして同床異夢ではない「異床同夢」ともいうべき句友
の息吹きを今月も伝えたいと思う。


出で渋る満月拝む春夜かな

芳しき蜜柑の花や侘住い

木洩れ陽や囀りのなか句作せり

影落とす勿忘草の回り道

葉桜の揺れて戸口の影絵かな
  
囁きを聞き逃したり春の風

振るたびに微かな叫び種袋 

春ゆけり風の意のまま濯ぎ物  

春日射す木立いよいよ息深く    

約束を守り通して花いちげ 
   
囀の途絶えて深き空の色

山藤の溢れ降られる車窓かな

空と海青さの増してアイスティー

春深し谷間の緑ざわめいて

白浜の浅利の殻に色移り

行く春や戻らぬものの多きこと

見せばやな玉ぞ如しの花の雨

瞬きの度に消えゆく春の虹

新聞を縛り八十八夜かな

マネキンのスカート短か夏近し

東帝に夢の続きを語る人

そよ風に髪を梳かせて草若葉

角までも金平糖は桜色

後悔の人もをりはや四月尽

苺ミルクくれろと吾子はだはんこき

箸使ふ國に生まれて桜好き 

源氏名の門灯点る花の夜 

朧夜の花瓶の水は減りにけり

人はみな泣いて生まるる涅槃雲

黒板に先生のあだ名書く四月 

夏めくや子犬斜面を駆けのぼる

制服の袖丈余す入学式

傷むまで母はバナナを取っておき

蜘蛛の巣や左岸の枝を手繰り寄せ

本当は目立ちたくないチューリップ

田水引きひとつ安堵の暮の春

煌きのいよいよ増して夏来る

巣燕の下半分は乾きをり

昼蛙釘打つ音にまぎれけり

今朝の色今朝の香りは薔薇の園 

春深し誰か来るよな心地して

春蝉に黙す僧衣の濡れ羽色

飛ぶものは鳥にはあらず春疾風

初夏の空色ケトル買ひに出る

母の日の花束いつもモネの色
 

拍手があれば嬉しいな
   

斑雪山に春よ来い

【 音楽・スポーツ 】

春よ、来い
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タイトルは「斑雪山に春よ来い」としました。
アップの歌の題名を文字ったわけです。
この拙作のブログには大勢の方にアクセス
をいただいています。何より嬉しいことです。
きっとアクセスが無ければこんなに長い間
ブログを続けて来なかったと思います。

アクセスの方からアップした曲もお褒めを
いただいているので曲名を少し練るわけです。
松任谷由実は全曲だいたい知っています。
荒井由実のアルバムの中から何曲かは
かつて組んでいたバンドのコピー曲として
使わせてもらっていました。

そうそう俳句の話しも。斑雪は「はだら」の読み。
北国ではお馴染みの斑状に雪間が見えることです。
ほとんどの穴ぼこは裸樹の枝により遮蔽することで
降雪の少ない箇所が先に融雪するためです。

まあこんな気象学のことはともかく雪えくぼが進む
山肌を見るにつけ間近な春を感じています。
今月も定期句会を無事終えて句報を仲間に
届けました。
春を意識した健筆が居並び実に爽快そのものです。


弥生野に歓声広げ子の夢中

足跡を行けど春泥避けられず

卒業子ただ真っ直ぐの矢の如し

今日新たなること多き春の虹

誕生日パンジー咲かせ歩みたい
  
吾も汝も夕べに閉づるクロッカス

漫然と空を見上げて春日影

華やぎしやがて終美の花は散る

夕暮れて玻璃戸をしぶく花時雨

誰ひとり訪ふ者のなき春日向
  
山裾の風のくすぐる雪えくぼ

囀りの頭上仰ぎて歩のゆるり 

擂鉢のごりごり啼けり春時雨  

空広ぐ歓喜のつばさ百千鳥    

爪の先ほどの若芽の大地割く 
   
陽のぬくみ丸みに溜めて花馬酔木

いつの間に音なく落ちて春の雨

ものの芽の今に萌え出す力秘め

十畳の苔庭借りて落椿

手の中に花くず集め幼き子

浅蜊汁終ぞ開かぬ一つあり

独唱は練習中か春告鳥

冴返る町を汽笛が揺らしけり

家々の庭に惹かるる草芽時

のどけしや恐る恐るのミシンの音

春朝の方舟に積むこの希望

長閑さや共に白髪の生えるまで

四つ辻の点滅赤く春疾風

野遊びの空色集め犬ふぐり

春禽の声に聞き惚れ立ち尽くす

明日葉のよく茂りをり邑の道

何か待つ思ひを深く牡丹の芽

花吹雪いづれ天指す烟かな

ふらここや風に会釈の高みより

ここが好き四月始めの花の下 
 
病室に持ち込められる春の塵

自転車のギヤをトップに春を漕ぐ

作業場の軍手に受けて桜餅

麻酔効く手術室の外は春日

鰊来るマリンスノーのごとく白

ぬるぬると生ふ水草でありにけり

黒猫のねぐらは花の下らしく

まづ鳥の来て人の来る朝桜

春宵のふはりふはりという心地

花屑の浮かぶ外濠丸きこと 

菜の花の道沿いにゆく子の下宿

喉飴のまろく効いてる百千鳥

観梅や眠りの中に余香なほ

灯を消して春星の声聴きにけり

書き出しはいかがお過ごし筆の花


拍手があれば嬉しいな
   

追憶

【 写真・水彩画 】

追憶
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タイトルは追憶。
俳句に思考を巡らせる方法の一つ。
言葉に重みが少し足りないと考えた場合
連想類語を調べる。

「追憶」ってあのバーブラ・ストライザンドが
うっとり唄っているからこそ光を放つ。
この御年の小生が綴ると少し危うい。
残念ながら実感がついてこない。

その時には連想類語を繙く。例えば・・ 
回想・回顧・追慕・懐古・想念・慕情・望郷・郷愁・
情景・去来・追念・顧念・想起・追想・懐郷・追思・
懐慕・懐旧・想慕・追懐・追思・追念・感懐・愛慕

さしずめ映画のワンシーンを振り返れば
「想慕」あたりに為るかな。
まあ、年相応の語彙選びでしょう。うん。
我が仲間たちはすこぶる健筆である。
小生もうかうかできない佳句が勢揃い。どうぞ。


春灯に平和ボケして住む未来

春猫の奥歯に挟む美辞麗句

甘えたき朋友の来てヒヤシンス

春風や同時に欠伸向き合ふて

吾立てば夜更けし部屋に木の芽吹く
  
此処が好き雲雀の居場所ささやかに

病む声に佐保姫来なむ遠からず

俯きて吾もうつむく春椿

洋上の銀波煌めく春日かな

衣重ね見上ぐる空に春の月
  
鎌倉の古寺へ春風吹きまねく

春来る流音ひそと鎖樋 

蝋梅の花蕾まばらに鎌倉路  

まんさくや御仏の笑み拝す膝   

旅終へて紅梅の香を活け替へる 
   
陳列の春菜の青や目に沁みぬ  

医師にても人に優しく明日の春 

下萌や踏まれてもなほ空目指す

ふるさとの社に太き薄紅梅   

残照を貰ひ遠嶺は春の色

荒れた手を一人見つむる多喜二の忌

陸奥の春はしづかに来たりけり

表札の傾くままに二月尽

まどろみし亀の眼差し春兆す

春を告ぐラジオの声に春を知る

君待つと急き立てられる室の花

外つ国の水底見ゆる星羽白

春まけてゆるり陸封解き始む

紙雛に供ふ駄菓子の慎ましく

異国語の溢れる街に春の雪

ジャムの蓋とことん開かず寒戻り
 
春の水掛けて浮き立つ居士大姉 

もつれつつ春雨に立つ野のけむり

薄氷や手の平にをる日の雫

引鴨の方へ反故焚く靑煙 
 
春宵やひと夜早めの酒を酌む

道産子は驚きもせぬ余寒かな

春めくや沢へ魚に会ひにゆく

あんな声出すこともある猫の恋

春光を浴び直立の孤猿かな

春寒の一本足りぬ猫の眉 

朝東風の沖目の前はもう岬

自販機の珈琲揺らら浅き春

病床の友の片目にある余寒

雪解の陽に好かれたる大地かな

本心を言へず終いに春の雷

会へばまた気力の湧きて蕗の薹

挨拶の京言葉めく春隣

存分に夢遡る朝寝かな

薄氷を覗き見たれば母の顔


拍手があれば嬉しいな
   

強くなりたい

【 詩・俳句 】

ドビュッシー『夢』
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遅くまでの仕事
夜半の月は欠けて
わたしの影を照らす
家路に着くまでの
薄闇の電車に乗る
たった二駅の時間
わたしは弱虫だって
過ぎ去る街並みの灯り
笑ってわたしを見過ごす
一人っきりになると
大切な人を失ったこと
思い出したり消えたり
幾年の出来事は束の間の夢
素のままの自分を預ける
拠りかかって縋る礎となるもの
あなたがいるからこそ
見えはしない明日を迎える
わたしは強くなりたい

この詩「強くなりたい」はちょうど10年ほど前
に書いた記憶があります。
誰かに託したのかは忘れたけれど今よりは
間違いなく率直な情感が記されています。

句座に集まる人たちの句をタイプしていくに
つれこの詩を添えたいと思ったのは何故かな。
きっとわたしが出来ることはこれくらいのこと。
みんな誰もが皆。精一杯に生を全うしています。
この精一杯を今月も公開してみます。

ありたけの賛辞を受けて雪だるま

二人居の約束違ふ吹雪かな

別々の枕抱えて冬うらら

家中の真実白き日脚伸ぶ

言い出せず永き一日冬晴るる

諦観の揺るぐことなく寒の雨 

降雪を被りて真白鳥一羽

踊躍歓喜とっさ跳び出す雪の庭 

庭の樹の冬芽ふくらむ白き朝

大寒の閑暇夢幻を駆け巡る

まだ暗き道都にささら電車の灯

雪道の細く踏まれし開拓碑

月氷る螺旋階段昇りゆく

筒雪や影を集むる炉端の火  

空高く一羽の鷹の爪光る
   
玻璃越しの雪は降りしき車輪跡

雪や降るまだ人住まぬ太古より 

寒木瓜や朱の一灯を我が家まで

かすかなる雪の音して宙を割る 

白菜のざくっとこの身開ける音

初神籤足どり軽き家路かな

雪しまく道無き広野踏み出さん

六十路越え今ゲレンデの風になる

杣木引く愛馬の放つ息白し

凍ての日々機嫌いかがと暁烏

白銀の空気すらりと葱の中

寒月や幹に忘れし藁箒

手袋を脱げば蠢く握り皺  

玄関で思案新聞休刊日

英字紙にポインセチアの包まれて

深山の滝落ちるまま凍りけり

酩酊に冬の風吹く路傍かな 

うたた寝の屋根の隙間に冬の月

大寒の外気を細く吸ひにけり  

凍星の薄き刃の光かな  

なやらひの鬼はあまりに強すぎる

寒紅をふた色重ね仕上げたる

七草や口に異なる苦味あり

家元の言葉少なき寒稽古

寒薔薇の花の形の整はず


拍手があれば嬉しいな
   

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プロフィール

◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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