晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

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愛の短歌にアイニユケル

カテゴリ 【愛】


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カテゴリが愛となると、途端にキータッチが鈍くなるのは何故かな。

好きな歌声の一人、Salyuがアイニユケルを切々と唄っている。
逢いたいでも逢えるでもなく、逢いに行けると願っているのだからね。

僕が逢いたい人は誰なのかと思案しなくとも、夜空にはいつだって
諳んじられるほどの綺羅星が居る、居た、居たかも。

と、尻切れトンボのように語尾が拙く消えてしまうのは致し方ない。
冷たい夜空に呟くよりも、春の日差しに光り輝く君にアイニユケル。

写真はクルマバソウ。乾燥させるとクマリンなる芳香を含有して、
ドイツではマイワインMai‐Weinと呼ばれる調味酒が有名だとか。

こんな感じで草花ばかりに心が傾き、愛たるものを深く追求して
こなかったかと言えば、どうなのだろう。そんなことはないよ、きっと。

今日はちと趣向を凝らして、彼の歌人が詠んだ愛の短歌を直喩に
書評してみようかな。その行間に愛を知る欠片が埋もれているか。

ところで、直喩と隠喩とありますよね。「海よりも深い愛」が直喩なら、
隠喩メタファーでこの意味を言うのなら、あなたは何て表しますか?

さて、アイニユケル逢いたい人に。


雨の夜長電話して窓ガラス曇らすほどの愛しき君へ

リラ冷えの雨が窓を叩いている。不規則な雨音は電話を通した
声を切なく響かせる。遠い時間を取り戻すかのような長い沈黙が
雨に煙るガラス窓に沁みる。今更になって愛していたことに気づく。

ぽつぽつと届けたいのか違うのか目を見て告げて
別れの春を


別れの春。サヨナラの言葉が出てこない感情は貴い。全てのこと
を伝えられないもどかしさをぽつぽつと表意したのなら洒脱。
得てして言葉の替わりに呼吸のような暗示を大切な人に使う。

桃色の絨毯にどうぞと云われ三度足跡つけて過ぐ春

桃色の絨毯が何を指すのか今の季節なら良く分かる。三度と
言い切った作者の想いに触れたい気分になるのは何故だろう。
きっと、一緒に寄り添った時間は三度くらいが心地良いのかも。

宇宙へと解き放たれた風船の一点となるしょうが
ないボク


上っ面だけを読むと宇宙飛行士のことかな。充満した感性が漲る
作者はきっと暗喩を使っている。宇宙はとてつもなく温かい恋心。
純粋な恋の行方は一点の風船になって日々の歓びに賭ける。

今までの好みの顔と違うひと何処がいいのか考える午後

男は顔立ちで女性の好みを決めるのか? そりゃ違うよ。一皮
剥けば顔の骨格が少しずれているだけ。その人の満ち溢れる
感性、品性が目鼻口のパーツを見事に散りばめるのさ。

泥濘を微かに滑る花筏貴女が触れた指の冷たさ

泥濘に花筏ときたら相反の妙に尽きる。想い人は泥濘に指を
触れたのか、それとも泥濘を選り分けて花筏に触れたのか。
愛の成就を選ぶとき、冷たい指先をどちらに触れて温めるのか。

西にある春の形見はあの庭の花蘇芳です元気ですかと

形見って詠まれたらぐんと近づく。しかも春の形見としたのか。
西は何処か、あの庭も何処かと探すのが人の情だと思う。
花蘇芳は生見のモノでも不思議じゃないと惹きこまれる。

繋ぐ手を通じて届く温もりは今生きている証しの温度

温もりと温度をリフレインさせたのは意図か。筆致は小鹿みたいな
足取りだから、繋いだ手の温もりのまま生きている実感へと浮遊。
愛とはそういうもの。意図なんてなく証しとさえ考えないはず。

銀紙を剥いてはチョコを放り込む見えぬ満月仰ぐ雨空

初歌と結歌に雨を取り合わせた。チョコレートを包んでいるのは
銀紙だから美味しいに決まっている。ゴージャスなだけでは無い。
雨に霞む鈍色の夜空、普遍の満月が見え隠れ。愛は普遍なのに。


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◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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