晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

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皐月、追想に耽る

               
                 カテゴリ【徒然】

「笹濁りの川を歩く」
一路、南に車を走らせる。
右手の車窓は夏の兆しが漂う大海原が続く。
このまま、ひょいと寄り道をして、渚をひたすら歩くのも
一興なのかもしれないが、昨夜、川歩きの装備を車に詰め
込んだことを忘れてはいけない。
何十年も「あうと・どあ(こんな洒落た言葉は耳には
残っていなかったけれど)」なるものを続けてきた
経験則の中では、6月初旬の河川は雪代水で笹濁りに
なっていることは予測がついての出立だったけれど、
それでも背中を押すものは長い長い冬との決別の気持ち
だったに違いない。
予測はこの年になると、おおよその確率で当たるが・・
その意は遠望に聳え立つ山に張り付く冬の名残りである。
所為は斑雪、残雪である。
ここで備忘をしておくが、斑雪(はだらゆき)は、
手習いの俳句の世界にある北国独特の季語である。
「雪えくぼ」ともあったような気がする。
さて、川に降り立ち、いざ上流へと遡行を始めたが・・
名うての我輩もその急流にはたじろぐばかり。
本流のすさまじい急峻な流れは気を抜くと頑強な足元も
直ぐに流されそうな勢いである。
シーズン始めに躓いてはならぬと、慎重に足を進めるが
一向に距離を伸ばせないありさま。
ひそかに決めている自戒を久々に取り出して、Uターン
を決め込んだ始末。『山川を目指すものは最悪の
アクシデントを予測し、止めるのも勇気のひとつ』
◇補遺◇
「傍に居る」
君がぐんと近い距離で干しイチジクを齧ってる
果肉を美味そうに噛むとプチプチの種が聞こえてきて
ああ一緒の時間だなと気づく
手渡したものは愛とは言えないまでも
口に入れ咀嚼するだけでその想いは確実となる
いつの間にかという時間が二人の絆を近づけて
欲しいだろうと察知する心持ちを醸成させる
それを愛とはっきり言える日を待とう
夕焼け 広沢タダシ


11 (450x338)


なかなかブログを書く時間が取れないまま皐月も半ば。

舌足らずのブログを書き始めてほぼ一年が経つ。
冒頭の乱文はいっと最初に綴ったものである。

6月の解禁を待って山女魚釣りに行った諸説を筆任せ
に書き散らかしているんだなあ、これが。

結局、春の雪解け水で二進も三進もいかずクルリと
身を翻し萎れて帰宅した経緯を書いている。

しかも、「傍に居る」とのタイトルで詩文まで。
選曲はあの「サフランの花火」の広沢タダシときた。

追想に耽る年頃は疾うに過ぎたけれど、この一年間は
人生最大の山場、爪を立て懸崖を登り、静かに下った。

気恥ずかしいことは無いが、まあ自分なりに精一杯を
貫いたと思う。失ったのではなく枯れたものは多いが。

写真は数多ある北国の桜見ではあるが、とっておきの
場所に行って撮ったよ。静内二十間道路の勇姿である。

自然教室の座学で話す、聞かれる、ことはかなり多い。
北海道の桜は殆どがエゾヤマザクラであることも話す。

北国特有の掠れるような春風にそよぐ桜樹の儚さは
長い冬の季感に埋もれた旅情を限りなくかき立てる。

Bee Gees の「愛はきらめきの中」は知ってますか?
春が訪れると真っ先に聴きたいといつも考えていた。

もう皐月なの、まだ皐月なのの見境はつかないけれど
そろりと予定は続いている。なかなか手強く続くよ。

本音を一言、一年前のブログを読み返して気づくこと。

人は理想を追うもの、いかんせん齷齪(あくせく)と生活
せざるを得ない巷の環境にそっと身を寄せている。

せめて、書き物くらいは持っている微力を振り絞って
優美かつ嫋やかに書き綴りたいと願う自分が居る。

病葉を拾いながら真理を追究することと離反どころか
相反することは多々あります。

その兼ね合いを探っているうちにキーを叩く時間は
失せていくけどね、でもあの状況でも去年書いてる。

もう少し、泥臭く書こうかなと思っている。

昨日、「俳句と短歌の融合」とかの講演会で隣にいた
詩友がその場でスルスルと短歌を詠んだ。

唖然、茫然となり書き写してきた。


足を地に縛ろうとして君の持つ
紐うるかして闇に逃げゆく



やっぱり、文学は率直にそして迅速にだね。
感情は二度と戻らないのだし、逃がしてはならない。

少しピッチをあげて書くことをわたしは宣誓します。



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◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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