晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

みんな夢でありました


                       カテゴリ 【 自然 】

   みんな夢でありました → BGM 
158.jpg


結局は何処へ向かって、どの地に辿り着くかなんて誰も
分かりはしない。

森田童子はけだるく、限りなく謳っている。
その音源の奥底にある意味を若い時からずっと探してる
けれど、結局は探しつくせない。

何日か前に書いたブログの中にスノーシューで見つけた
森羅万象をいつか書くことを約束した。

スノーシュー歩きのトレイルは古平川の泥ノ木沢。
100mほど川明けした沢筋を遡行すると、青肌のすっく
と立ち上がる広葉樹が濫立している。

深く眠り込んでしまった浅識の学びが記憶を遮断する時
の辛さは結構堪える。知らぬ存ぜずの樹種である。

アノラックの左ポケットに忍ばせるカメラを取り出し、
手袋をストックの把手に一双被せて、分からぬ被写体に
向け閃光の如くシャッターを切る。

帰宅後、数多の草汁に汚れた図鑑を捲り同定をすると、
ヤナギ科ドロノキとなる。こりゃ参った。

何度なく出かけている泥ノ木沢なのだから、ドロノキに
決まっているっしょ。

だから言わないこっちゃない。知識は永遠に生きるぞ。
こんな詩も書いているのになあ・・


「言わないこっちゃない」 

ゆったりと流れる川の行方

流れ行く先が見えない

危うさだけが残っている

わたしの気持ちに似ている

せせらぎの先にある深み

確かめながら歩を進めても

思わず足をすくわれる

草藪の陰から誰かが出て来て

だから言わないこっちゃない

呟かれた



結局はみんな夢の中にあって、終わってしまったこと
は磨かれ削ぎ落とされてしまう。ほんの僅かなものか。

残されたものが珠玉か鈍色の玉かの区分は定かでは
無いけれど、判るのは残されたものが自分の芯となり
支えであり続けることだけは確かだろう。

支えがあるからこそ、強くなれることを実感したい。

過ぎ去った時間軸が今になって、果たして活きた糧で
あるかは確かめる術は無いけれど、先ずは明日から。

冒頭の愚作はモンサンミッシェルの憂愁となる。
誘われ、何処に向かって辿り着くかは憂愁に包まれる
霧の中だけれど、明日に向かう叱咤激励の筆とした。

この年まで、・・みんな夢でありました・・を真情に
してきたのも、そろそろ年貢の納め時かもしれない。


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プロフィール

◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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