晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

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見詰める先にあるもの


                       カテゴリ 【 詩・俳句 】


遙かなる想い
DSCN7346.jpg


タイトルは・・見詰める先にあるもの・・として書き始める。

今日の筆記から右肩にカテゴリの分類を示すことにした。
折角のお訪ねに先ずは前菜を楚々とテーブルに並べたのです。

斯くやあらん、前菜を給仕する前の料理人のマル秘スパイスも
もちろん入っていることを隠し立てなく述べた次第です。

マル秘にすることはわたしの主義に反するので正確に書くと、
実はカテゴリに分類することは限りなく煩わしいことである。

散文詩や俳句は駄作ながら、モチーフが浮かびだすと淀みなく
筆は竜天に昇るが如しうねうねと走り出すが、この手の随筆
・エッセーの類(もどきですぞ)は、そうは巧く運ばない。

ちなみに、「竜天に昇る」は立派な春の季語である。
また峠の道標の左右を逆に歩き始めたようなので引き帰すが。

それで(汗)、もどきエッセーの筆致を何とか自分のカラーに
仕立てることができないかと、あえて制約を作ったのですね。

まあ、根が真正直なので詳らかに順序立てて書き進めなければ
納得いかないのだから、先は思いやられるがこれも致し方ない。

自省のブログではありりませぬ。
アマチュアの書評家である文芸通の友人は兎に角手厳しい。

わたしの筆致は強固な鋼鉄に組成されたような頑さだと指摘。
一歩も規定路線からはみ出さないのは息が苦しいとなる。

それを聴いて、そんなに悪い気もしないのである。どちらというと、
的を得ているのだし、これもまた致しかたないと片付けてしまう。

そんなことで、少し長く柔らかく伸びやかに筆致の書き直しをと
手習いにしている。ひとつ好事魔多しとならぬことを戒める。

さて、わたしのアンテーゼ(命題)の確認はここまでで終わろう
と思います。うーん、やっぱりね。

いつもポエムのことばかり書いているので、今日は俳句にしよう。

尾崎放也は自由律俳句の最たる俳人である。
代表句は以下である。

咳をしても一人

足のうら洗えば白くなる

こんなよい月を一人で見て寝る   

一人の道が暮れて来た

春の山のうしろから烟が出だした (時世句)



本音をいうと俳句を詠み始めてから今が一番難関の時期である。
昨夜、俳句の手錬である先生との座談の日であった。

先生はわたしの挫折に気がついていたかのように、こう言った。

今人さんの句は詩の延長と考えているかもしれないが、それは
単なる一過的な段階でのこと。良し悪しは自分で決めるのだから
どんな句風であったとしても、続けたら何かに近づくと。

それは何かとは絶対に訊ねかった。
全部を言わない、全部を聴かないのは常道だと決めているから。

見詰める先にあるものは、遙かなる想いの獲得だけでも無いと
思う今日この頃なのです。

少しは長く柔らかく伸びやかになりつつあることを・・

わたしの冬季雑句を終章に。

雪止みて透明の夜が明けはじむ

初霜やただ足許は濡れてをり

新雪を踏むポニーテールのみぎひだり

マスクする人沈黙の第一歩

天山に言伝をして神の旅

古鍵は鎖ひとつに年暮るる

静脈の薄きあおさよ冬の月
  
手袋の秘めて片手のおかれたる

裸木やもの言わぬ人佇みぬ

多事多論風吹くままに冬籠

冬の月奇しき魔鏡色みえず


土くれの怒りしままの雪眼かな
  
赤心の梢にひとつ冬薔薇

冬深し胸の玻璃戸はひび割れて

凍蝶や荒ぶる海に羽もたず 
 


** 写真は先週の土曜日に訪ねた「小樽雪あかりの路」の
  仄かな灯りです。遙かなる想いが揺ら揺らと雪に。

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*Comment

おはようございます 

きりりとした俳句を読ませていただき気分がよくなりました。

まず最初に挙げられている尾崎放也の自由律俳句は、ほっとして抱かれるような共感を覚えます。

今回は俳句がテーマ。一つずつ味わいましたのでその感想を伝えたいきもちですが、あまり多いので控えることにします。
どの句もとてもいいなあと思います。

その一つ。
ポニーテールの女の子がふたつの髪の束を振り振りおしゃべりしながら登校する姿を、自分の家の環境(スクールゾーンの道)の中で想像して微笑ましく思いました。

もう一つ、マスクの人。出勤の時間帯の緊迫した状況を感じました。
都会では電車に乗って通勤、というのがほとんどでしょうが、こちらでの朝の一時は自転車と車のラッシュが見られます。
  • posted by 笹峰霧子 
  • URL 
  • 2014.02/21 08:00分 
  • [Edit]

ふたりの人生・・・ 

尾崎放哉ときいて
私は 種田山頭火を思う
二人とも 自由律の俳人
昔 彼らの自叙伝を読んだ
放哉は 一流大学から
一流企業と エリートコースへ
でも 社会や人間性関係のストレスから
酒におぼれ挫折・・

山頭火は 子供の頃 父が自殺
家が破産、弟も自死した
彼も 酒におぼれて身を滅ぼす

托鉢してからも
時に 妻に心中を求めて
一緒に暮らした放哉より
妻を残して
ひとり放浪の旅をした
山頭火に
私は 心ひかれる・・・・

「うしろ姿の しぐれていくか」
・・・・・・・・・・・・
彼の人生すべてを よんだような
哀愁深い この句が
私は 一番 好きだ




  • posted by まほろば 
  • URL 
  • 2014.03/08 01:30分 
  • [Edit]

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プロフィール

◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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