晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

光を撮る


Zutto
DSCN6664.jpg 石狩はまなすの丘
DSCN6715.jpg 藻岩山平和塔
DSCF0187.jpg 北の果 知床五胡


写真と水彩画のカテゴリにしているのに、しばらく水彩画の
ことばかりを描いている(いや違う。書いている)である。
この所業は、わたしの正格(これも違う、性格)からきている。

はははっと笑い飛ばせないところがミソである。
一つのことにのめり込むと見境がつかないほど只管続ける。
前のブログにも書いたけれど、かのアトリエ?で描き続けてる。

都合、1ヶ月半で汚した画紙は優に150枚を数えるのだから、
わたしを良く知る人は呆然としているのは当然である。
なにしろ、目に入る風景、対象物は総て平面の紙に写したいし、
少し厚手の紙を手に取ったら裏表くまなく筆で色を付けたい。

幸い周りには優しい気持ちの御方ばかりで、顰蹙らしきものは
未だ耳に入らないが、そろそろ気づかなければいけない。
それが人の道であると母に諭されたし、自分も説いてきたはず。

というわけで、今日は写真を載せてみた。
写真はかなり撮れると自分では思っている。上手い下手は別。

水彩画ほどの勢いがあったかは別にして、20年はカメラ持参の
入山を繰り返してきたので、まあ、足で駆け抜けた撮影である。
今描き続けている山塊の天辺でカメラを向けたのも数多い。

フィルムからデジタルに推移して、写真は一変したと思う。
日進月歩とは正しくこれである。
まあ、良く撮れる。というかテクニック無しでも良く撮れる。

写真講座で話す機会があるが、黄金比と光源立ち位置を話す
と、後は何も言うことが無い。
撮影者のフレームワークにお任せ。これは感性よりも感度が
良いことになるのかな。

と描いて(書いて?)・・実はやっぱりテクニックがあるかも。
ブロの写真家は、高性能のカメラにきっちり対峙するために
何を考えているのだろうかな。

写真もやっぱり光をどう捉えるのかに尽きると思うけど?
水彩画は光と影を描くと、かのA画伯は制作ノートに明確に
書いている。わたしもそう思う。水彩画のことだけどね(笑

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*Comment

NoTitle 

水彩画も写真も光が大いにかかわっているのですね。
以来、黄金比と光源の方向を守って撮影しています。

お写真も絵ももう少し大きい画面でみせてくださいませ。ピクセル640ぐらいだと堪能できます。絵画ならピクセル800で目を凝らして鑑賞させていただけると思います。
  • posted by 笹峰霧子 
  • URL 
  • 2013.10/09 16:07分 
  • [Edit]

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プロフィール

◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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