晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

ブイになる

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  海の上のピアニスト

 三日月

パリンと折れそうな三日月
冷たい風に吹かれて
古ぼけた僕が月を見上げている
しかも弦の刃に刺し抜かれながら
冷たい手足を擦っている
心根を探っている月の光は
容易くすり抜けはしない
翳りの中にうずくまるだけ
思いどおりにはいかないこと
月の満ち欠けに通り過ぎる
僕と誰かの間に漂う移ろい
月の欠片を探すようなもの
思えば忘れていたことは
束の間の夢だったりする
去年の暑い夏を思えば
濁ったプールの中で泳いでいた
もがくような危うさを抱いて
プカプカと水面に浮かんで
大袈裟なブレスまで吐いていた
湿っぽい溜息に似ている
行き先の見えないゴールは
果てのない旅路でもある
暑苦しい夏の思い出を引きずって
寒空の三日月を仰ぐだけ


この詩は、おそらく発行する詩集の何ページ目かを飾るはず。
山川の詩は堆積物のように書いてきたが、海を譚にしたもの
は限りなく少ない。足の向かう所がどうも限定されている。

前作の「文月の行動」は、ついつい行動学なんぞを書き散らか
して顰蹙を買ったやに思うが、好きなことは譲れない。
愛をテーマに詩を書くと宣言はしたが、キリリと弓を引くよう
にいつも心意気は高まらないし、定まらない。

それでは今日もあまり浮いた物語は書けないと思うが。
広い広い海原にプカプカと浮いた話しでも書くことにしよう。
前作に『海も行っちゃった』と書いたのでその顛末である。

北海道は広大な大地を誇るけれど、押しなべて海も広い広い。
西は日本海、北はオホーツク海、東南は件の太平洋となる。
おっと、また解説になってしまうので(同じ轍は踏まない)。

札幌から程近い海は日本海なので、小樽で甲羅干しと相成った。
いでたちは相も変わらず短パン・Tシャツ(夏の間はずっと何年
も前からこのまま)で、水着セットとお風呂セットを車に積む。
ちなみに、お風呂セットは山川海に出かけた後の温泉入浴用。

海の家は二軒。これがなんともセンチメンタルを醸し出す。
先に渚を占領していたのは、遠目に背の高い男衆二人のようで
おそるおそる(でも無いけれど)近づくと、外国人とおぼしき
船員風の男たちが立ったままロシア語で盛んに話しをしている。
結局、水着に着替え海に入る様子もなく、静かに消えて行った。

去年もお借りした海の家で着替えをした後、オレンジのブイを
目印にした遠浅の遊泳区域まで飛び魚のように(とはいかない
までも)喫水をなるべく下げないように泳いだつもり。

ひと泳ぎしてから、海の家に調度された塩まみれの椅子に腰掛
けてスケッチなのです。これがまた良い時間が漂うわけです。
そこの店主である女将さんが、問わず語りで店の由来なぞを
話しながら、今朝方揚がったというナマコとスルメイカの料理の
注文をとるのです。

まあ、わたしの少ない小遣いでも食べられる値段なので、調理法
等を訊ねながらやり取りをする。これもコミの値段として支払う。
配膳があるまでは、得意の早い筆で目の前に広がる大海原を
一気にスケッチをして、ササッと15分ほどで色を乗せてしまう。

この頃、絵筆をとることが多くなったが、前にも増して筆が早く
なったのは何故だろうと考えてみると、きっとデッサンも色乗せ
も、実景の写生ではなく、自分のイメージを優先していることに
気づいたり、気づかなかったり、後先を行ったりきたりしている。

ナマコもスルメイカも、おまけにツブと茶碗飯も美味しく食した
後、再び入泳となる。メドレーリレーの全泳法を完璧に駆使する
ところまでは到底いかないが、まあ我を忘れて泳ぐのでした。
我は海の子の気分を満喫したのです。

水彩画にもアクセントとして挿れたオレンジ色のブイのように、
北の海らしい少し鈍色の海にプカプカと浮遊したのですね。
これが目指すところの生き方かなのかしらんと思いつつ。

ちなみに大海原を描いた秀作(?)は、ここにアップするつもり
が、後ろで覗いていた海の家の女将さんに、どうぞと渡した。
いつもながらの気まぐれである。

我は海の子白浪の 騒ぐ磯辺の松原に
煙たなびく苫屋こそ 我が懐かしき住家なれ


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プロフィール

◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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