晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

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石垣りんに倣って

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  「 青 空 」 Salyu

   「 干してある 」
  私の肩にかかる
  ふんわりとやさしいものが
  よせてくる波打ち際
  なんべんも溺れて解けて
  消えて生れる
  意識というもの
  記憶というもの
  あたたかい波の
  きれぎれの海岸線に沿って
  夫婦という町
  兄弟という町
  親子という町
  恋人という町
  その入江にひろがる
  夜の深さ
  夜明けのうすあかり
  ふとんはひろがる
  いのちの半分
  こころの半分
  世界の半分
  太陽が月にかぶせる
  あの遠い半分の影のように
  浅く深く
  かたくおもく
  やがて呑む
  うめたくはげしく
  全部の町
  全部の人
  ふとんの中の魚
  ふとんが打ち上げる貝殻
  たえまない饒舌
  白い歯
  ふとんが空にいちまい


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ブログを書き始めた頃、中原中也について記した。
女流詩人であれば、この方を書かなければならない。
生活詩を淡々と紡いだ筆致は右に出る者は居ないと、
僕は考えている。

詩の書き手は人である。人は生活することを日常とする。
普通の暮らしの中には、そんなに激しく愛を求めることも
なく、勝ち取る栄冠の喜びも限りなく少ない。
しかも、奈落の底に落ちる悲しみも限られているだろう。

すなわち、雄雄しく筆をとって壮大な一編を書こうとする
心構えはそんなに多くないということである。
石垣りんの生活詩は詩人にとって、お手本中のお手本で
ある謂れがここにあるだろう。

僕も倣って・・

   「 自分を見詰める 」
  昨日のこと 
  少しだけ好きだと思ってた人が
  あなたの瞳はキラキラ輝いてるねって
  僕は得意の知らんぷりを決めこんで
  風に逆らうよう横を向いてた
  そのことが良かったか悪かったかは
  神のみぞ知るなんてもぞもぞ 
  気持ちまでどこかに逃がした
  まだ汚れてはいないと思う瞳を
  たった独りの人が言ってくれたのに
  僕はいつもの癖で
  心の準備が出来ないまま
  そうしてチャンスを失う
  それを悔いることは無いけどね
 


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◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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