晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

傍に居て、神の沼


カテゴリ【徒然】
 

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導入部は誘引である。 
だからって「そばにいて」は狡いよと誰かに言われた。

そんな気はさらさら無いと自分では思ってても愛する人
なら、そんな科白も悪くはないなあ。

と、お惚けの出だしから始めたのも、愛する人どころか
まあ過客の人を決め込んでいたのでその顛末である。

9月は年度を単位とすると上半期の終わりである。
まだ、その辺りのところは忘却の彼方になっていない。

9月いっぱいで、日々の齷齪した予定を整理整頓して
みた。仕事と同予定では晴耕雨読の日々と高らかな
喇叭は吹き切れないとの自戒となる。

自然教室のラストを飾ってニセコの神仙沼を訪ねる。
木道をゆるり歩くと神の沼に辿り着く、冒頭の写真。

途中で中座させてもらった演奏サポートに費やす時間
を俳句グループの運営に少し傾けるつもりである。

今月も傍に居て欲しいと思う句作が揃った。
哀愁のある散文は何処に居てもどの時間で綴れる。

明確な生きるビジョンさえ持っていればこそである。
こんな句作を鑑賞してみませんか?




茶の花はうつむきてをり秋日影
 
山濡れて想ひつのりし紅葉かな
    
かげろふの一期一会の翅とぢむ

花も実も問わず語りの彼岸花

草昧の世明けを待ちて秋の虹

主に似て庭の老松秋粧う

さわさわと肌にしみこむ芒かな

澄む秋の何をも持たぬ心かな
  
媼の屋閉ざされしまま九月果つ

木の実降る無人の屋根のビブラフォン

道具こそ欲するものとは男郎花

子の嘘に気付いておりぬ桐の秋

鳥集へ鳥詠へよとななかまど

秋の陽がひらりと躍り目にこぼれ

ペダル漕ぐ痛み遠のく鰯雲

木犀の地に降り敷きて明るき日

斜陽満つ銀杏黄葉の光増す

ぽとぽとと朝露のごと点滴の

落葉踏む足音の果て神の沼

道のへの去年の野菊に会いに来ぬ

ポタアジュのひと匙掬う秋の宙

薄紅葉一日ひと日の山伝ひ

コスモスのまだ決めかねる風の向き

曼珠沙華醒めても消えぬ熱き日々

山肌に凛と注ぎし附子の花

星飛ぶや言いたき事の一つあり

伝へたきこと言ひだせず荻の風



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プロフィール

◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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