晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

ブイになる

  海の上のピアニスト 三日月パリンと折れそうな三日月冷たい風に吹かれて 古ぼけた僕が月を見上げているしかも弦の刃に刺し抜かれながら冷たい手足を擦っている心根を探っている月の光は容易くすり抜けはしない翳りの中にうずくまるだけ思いどおりにはいかないこと月の満ち欠けに通り過ぎる僕と誰かの間に漂う移ろい月の欠片を探すようなもの思えば忘れていたことは束の間の夢だったりする去年の暑い夏を思えば濁ったプールの...

文月の行動

  やさしさとして想い出として . 拙作のブログを書き始めたのは水無月の暦であったはず。その時にも新暦6月の由来を書いたと思うが、暦は捲られて既に文月となっている。光陰矢の如しとはこのことである。そう言えば、亡くなった母は達筆の人であったが、幼少の頃手習いで書道(習字)を教えてくれていた思い出がある。小学校高学年の頃、まだ習っていない漢字ばかりが縦並ぶ、この字数「光陰矢の如し」を書かされた記憶がある...

俳諧を愉しむ

昨日も晴れであった。畑は耕さなかったが、また山川を目指して北帰行となる。おおよそ決めて出たことは、サクランボ狩り、渓流釣り、温泉のフルコースである。待ち焦がれていたことを粛々と実行するのは、自然である。この自然は「しぜん」ではなく、「じねん」と書いたつもり。自然薯のじねんとしてみた。少し横道にそれる。自然しぜんは西洋から伝播されたNatureの訳語、に対して自然じねんは自ずから然らしむ、すなわち仏教の源...

アンニュイ

ぼくたちの失敗この曲は1993年、ドラマの主題歌として一躍脚光を浴びたが、拙者が耳にしたのはずっと1976年まで遡る。森田童子のけだるい節回しは37年経った今でも、アンニュイな気分を時折蘇らせる。アンニュイはもちろんフランス語。類語と縁語をたどれば、もの憂う・退屈な・だらけた・眠気を誘う・どこか心地よい・けだるい・弛緩した・力が入らない・メランコリーな・詰まらない・気持ちが晴れない・集中しない・浮き立たない...

旅立ち

    ◇所為◇   明日、そっと旅立つ。そう、海別岳と斜里岳を望むため。    さっき、装備は載せた。もちろん同乗する相方のスペース    も清澄に空けた。相方はずっと積重ねてきた自分の想い。    そんな募る想いを詩に託そう。    ↓ の曲を聴きながら、諳んじてみてください。 五月の別れ  「ひたすら愛を」       かけがえのない人と思って    静かに身を寄せた    繋がることが愛の証しだと  果て...

木を見て森を見ず

You cannot see the wood for the trees これは得意分野である。生業にもしてきたことなので、具に書くことは控えてきた。敬愛する亡き開高建は、「達人とは自分の懐手をけして他人には見せない」と書いていたはず。まあ、そんなところで奥の手は懐にこのまま忍ばせておくとして、森林を題材にした句をひとつ載せておこう。結構、評判の良かった、というか、自分らしい句である。しかも、暑さしのぎの冬の季語。清涼剤として、どう...

石垣りんに倣って

  「 青 空 」 Salyu    「 干してある 」  私の肩にかかる  ふんわりとやさしいものが  よせてくる波打ち際  なんべんも溺れて解けて  消えて生れる  意識というもの  記憶というもの  あたたかい波の  きれぎれの海岸線に沿って  夫婦という町  兄弟という町  親子という町  恋人という町  その入江にひろがる  夜の深さ  夜明けのうすあかり  ふとんはひろがる  いのちの半分  ここ...

黙想

元来、拘りを持たないタイプである。 血液型の性格占いとかには、とんと縁のない人間と思って いるが、この手のことに長けている先達にかかると、小生 は「血液型そのままの性格」と宣う。 血液型は守秘であるが、このブログに限っては多少の拘り をもっている。それは何を隠そう、カテゴリについてである。 話しは変わるが、ブログを書いている人たちのカテゴリを 注視すると、実に広範な領域をカバーしていることに驚く。 事の良...

涙の訳

残り少ない時間を自分らしく生きるためには、その時々に思う『自分がしたいこと』を続けるのが良いと決めた。それからというものは、ライフワークとか言う、格好の良いものでは無く、思う存分に好きなことをやっている。今日は午後から恒例のアコギの演奏サポートである。メンバーの代表はプロのミュージシャンで、その才知溢れる感覚には、老いて鈍色になった感性が色づくようである。月の始まりには、いつものように演奏曲のタブ...

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プロフィール

◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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