晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

雨音を聴く

道外、特に西日本の方では雨の日が続くようである。山間地では、豪雨による災害のニュースを聞き、山好きの拙者としては心を痛める。札幌では、先週から恒例の花フェスティバルが催され、街中に色とりどりの花々が撒き散らされているようだ。豊満な色彩が辺り一面に限りなく広がっている。道内は花の時期真っ盛りである。他地域では、雨に閉口しているというのに・・今日はタイトルを「雨音を聴く」としたので、下段の文章を引用し...

追慕の句

いつも、外遊びのことばかりを書き出しているので、たまにはインドアのことを書いてみようと。俳句の編集に携ってから半年が経過する。時の経過は、意識の有り無しに関わらず、須らく迅速にか遅々としてかは別にして動いている。親しい友人から数年前、こう口伝されたことがある。辛いことがあっても、何時になるかは分からないが時間軸を振り返って『ああ、あんなこともあったな』と思える時が必ず訪れるもの。失意のどん底にあっ...

絵の具を溶くように

    「夏の記憶」      長い長い時間を隔てて   あなたのことを   ずっとずっと想っていた   つむじ風のように   消え去るものは無く   心の拠りどころにしていた   大切なタカラモノ   夏が終わりを告げる日   あなたと見上げた夜空   昔を忘れたかのように   微かな音が遠くに聞こえて   朧の花火が散らばっていた   わたしたちを繋ぐための   確かめも重ね合わせないまま  ...

歴史を辿る

筆者の住む satohoro も、10日前ほど「ピーヒャラドンドン、ピーヒャラドン」の笛太鼓の音が鳴り響く、札幌まつりを終えた。各地で行われる北海道の祭りの多くは、春祭りである。リラの香りがいつの間にか風に消え、ニセアカシアの白い花が、遅い夏の訪れを告げるこの時期が、北海道の祭りとなる。ここでは吉田拓郎のノスタルジックな「祭りのあと」に惹かれて、その由来を書くのは止めておくが・・ただし、祭りの後の寂しさはこ...

空気を撮る

写真は、親しい友人のイベントで使われた1枚である。自分は基本的に数多くの人と接点を持つことが少なく、珍しくその作品展のスタイルに惚れ込んで、何枚かの写真を合同展として公開をさせていただいた。使用された写真群は、同士であるその方に預かっていただき、一期一会のお別れをしたということになる。詩作なり写真なり、自分が精魂込めて創りあげたものは、公開した時点で自分の手から離れて、他人の評価に晒されるわけであ...

リラ冷え

筆者が住む地域は梅雨を知らない。子供の頃、父親が蝦夷梅雨なるものを話していたようだが、その記憶はあまりにも乏しい。後世に必要なことを引き継ぐとした場合(その数は限りなく少ないが)その土地特有の文化なり伝承なり、気象、言語等を乏しい知識の中から掘り起こして書き残しておきたいと思う。すなわち、それが齢を重ねた証でもあるが。蝦夷梅雨は簡単に言えば、オホーツク海で発生した低気圧が大雪と日高の山塊を延々乗り...

中原中也

わたしの文筆を象る中原中也は、こんな詩を書いている。ひとまず、「せう」は「しょう」と読み、難読の語彙は前後の脈絡を繋げることとして、息を止めて一気に読み下してみる。          「湖上」          ポッカリ月が出ましたら          舟を浮べて出掛けませう          波はヒタヒタ打つでせう          風も少しはあるでせう          沖に出たらば暗いでせう...

本を読む

昨日、ある出来事が起きて、心持ちをいったんリセットしたいと考えブログを書き始めたことを公開した。基本的に自分の為せること、為すべきことを声高に知らしめるのは好む行為ではないのだが・・やはり、萎れた気持ちを立て直すには囲い込んできた精神を広く開放したいと思ったので、後悔はしていない。そもそも、自分はネガティブ思考の人間ではなく、限りなく積極的に人生を詳らかに送りたいと考えているが、これは簡単にはっき...

笹濁りの川を歩く

一路、南に車を走らせる。右手の車窓は夏の兆しが漂う大海原が続く。このまま、ひょいと寄り道をして、渚をひたすら歩くのも一興なのかもしれないが、昨夜、川歩きの装備を車に詰め込んだことを忘れてはいけない。何十年も「あうと・どあ(こんな洒落た言葉は耳には残っていなかったけれど)」なるものを続けてきた経験則の中では、6月初旬の河川は雪代水で笹濁りになっていることは予測がついての出立だったけれど、それでも背中...

スプリング・エフェメラル

ウロウロしている内に季節は初夏である。 どうやら、我が家の東方では『ソーラン、ソーラン・・』との 大音響が鳴り響いて、これまた賑やかなものである。 勇ましく高らかに、そのエネルギーを青空に打ち放つのも、 けして無意味なことではないけれど、拙者は今のこの時期に しか書けない・・ほんの僅かな時期に風の如く過ぎ去った 春の妖精を譚にした拙文を書く。 春の妖精、すなわち「スプリング・エフェメラル」である。 北海道...

水無月

悠々自適とは言い難いが、大凡職というものから離れたので、ひとまずは晴耕雨読の日々を徒然に記すことを始める。ちょうど月は陰暦6月である。諸説さまざまに言われてはいるが、水無月は「田に水を引く」月であることが本意かもしれない。一方、拙者の住む北国での暦を、「水の無い」月と言われては近郊の山々に張り付いた残雪を見るにつけ、当月は誤っても『水無月』とは呼応できない。翻って、今月は渓流魚の解禁月である。道央...

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プロフィール

◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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