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晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

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十三夜に神仙沼を訪ねる

【 自然 】

  月に寄せる歌
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カテゴリは「自然」。
小生の真骨頂というか何は無くても自然である。
江戸紫では無い。
掲載の曲はドヴォルザークの「月に寄せる」 。
副題は白銀の月よ。 歌劇に使われたとは言え、
良くぞ巧い言葉を見つけるものだ。
月と言えば、先週の満月は墨の雲が漂い
お目に掛からず仕舞い。
自然の摂理に逆らわずにいようと決めてから
とんと心は騒がず。
たまに雲がかかるからあの明月が引き立つと
いうものである。
人も同じである。いつも華々しく生きていなくても、
多少の荒海はかき分けてきたとしても、
結局は何処かで何時かは光を放つ。
ほんの少しの輝きだけに満足すれば事は足りる。
俳人なので満月のことを誘因にして小話。
仲秋の名月は先月でした。今の暦で9月の満月。
さて新暦10月の満月の日から二日前の月を何か。
「後の月」・「十三夜」・「名残の月」と先達は教える。
身が震えるほどの言葉が躍り圧倒的情感である。
俳句を作り始めて十年。幸せなことに言葉の海
から少しずつのおこぼれを頂戴できる。
晩年になってこんな感激はない。
写真にも触れておく。
十三夜の日に出かけたニセコ路の神仙沼。
これも句意が立つ。神と仙人が棲む沼と命名。
古書を繙くとこれも嬉しい発見。
神と仙人は同意とのこと。
仙人になりたいと山川を只管歩き回った若き日。
ひょっとして神に近づこうとしてたのか。
それなら、あながちあの時間は無駄で無かったか。
少し振り返ってまた短い明日を見つける。

神仙と名のつく日々や十三夜

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あなたが力づけてくれる

【 徒然 】

  You Raise me Up
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[神無月近詠]
名月を手窪の湖に浮かべたり
掌線のほつれ眺める九月尽
行間に本意を伝へ野分雲
月影を背に小男の竜頭巻く
あるがまま去来の日々を秋燕
哲学の道と定めて山の秋
錚々とエルムの森に月落ちて
胸中に秘める決意や菊日和
月明の不条理を知る停電夜
重き荷を解き月光に温まる
誰も木を見て森を見ず月の眉
秋冷の改札通る地震のあと
宵闇に臥して母へと合掌す
清貧をただそのままに月祀る
石段に古傷のあり白露の夜
知床のあぎと撫でゆく鮭颪
不確かなことに非ずと秋の蛇
己が影踏み山道の秋をゆく
海猫帰る一艇を漕ぐ女学生
やんわりと甘言を知る藜の実
満面の皿に微笑むマスカット
一塊の雲動かざる吾亦紅
小鳥来る一位に結ぶ御籤かな
偉丈夫の貌を装へり花芒
破蓮に遣らずの雨の降り続く
過疎村の風受け流す花紫苑
罌粟蒔くや素稿に遺す赤の線


いつもこのページにお訪ねいだいている方へ。
冒頭に載せた曲は「♪You Raise me Up」です。
意訳は「あなたが力づけてくれる」と解釈して曲を
聴いている。
このブログも書き始めて既に五年が過ぎます。
長い月日の間には様々な出来事があり心も動く。
筆を押したのは間違いなくこのページをお訪ね
いただいた方々
がいたからこそ。あなたが力づけてくれました。
少しだけ齢を重ねて少しだけ心が凋んだかも
しれない。
枯れた蕾の中に清新の息を吹きかけつつ書き
続けるつもりです。
今月も拙作の句をご披露させていただきます。
仲秋の句会が終わったのでまた来月の季語
(晩秋)を習熟中です。
やっぱり俳句は季語だなあと思いつつまた学ぶ。
俳句講座の生徒さんたちに「季語で言わせる」と
話した手前、自らを律している。
また誰かに「ペースダウンを忘れたの」と言われる。
「分かっています」と答えて水彩の筆を取る。
掲載の水彩画は「モンサンミッシェルの哀愁」。
逃げ道はまだ残されている(笑


爽やかに一艇を漕ぐ乙女ゐて

【 音楽・スポーツ 】

  赤い花白い花 ☜ クリックすると音源が出ます
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私は浪の音を守唄にして眠る
騒がしく絶間なく
繰り返して語る灰色の年老いた浪
私は涙も涸れた凄愴なその物語りを
つぎつぎに聞かされていて眠ってしまふ
私は白く崩れる浪の穂を越えて
漂っている捨児だ
私の眺める空には
赤い夕映雲が流れてゆき
そのあとへ星くづが一面に撒きちらされる
ああこの美しい空の下で
海は私を揺り上げ揺り下げて
休むときもない


8月の初めから少し体調を崩していた。
いわば鬼の攪乱ということです。
同時に気づいたのは寄る年波には勝てないということ。
前ページに「10年ほど散文詩を綴っていたSNSを休会する」
との時報を書いたのも、実はこのアクシデントによるもの。
すこぶる元気溌剌に生み育ててくれた父母に感謝しつつ
日々を過ごしていたのだが少々の過信を止めたのも父母。
昨日完治しましたとの主治医のお墨付きをいただいたが
さて、これからが愈々真骨頂を発揮しなければならない。
そう高見ではなくそう地に伏すこともないが、清貧をまた貫く。
清貧とは精神性を豊かに保つことでもある。
今週の末からまたボランティア演奏にそろりと出かける。
当日の持ち歌の一つは。歌い続けている「赤い花白い花」。
写真はボートレースに臨む女子高校生の勇姿である。
このニケ月間、けして家に閉じこもらず精力的に写真を撮り
水彩画を描き、本をひたすら読んだ。
もちろん俳句のモチーフ探しも忘れてはいない。
冒頭に載せた詩はわたしの手によるものではありません。
小樽市塩谷湾を望む高台に建立された伊藤整の歌碑。
辛い時でも必ず前を向き空を見上げることをまた知る。



これが愛だったなんて

【 写真・水彩画 】

  さよなら
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何度さよならと小声で言い
何度さよならと告げられたか
断崖絶壁の瀬戸際でもなく
深遠の穴底でもなかったのに
今でもあの夕焼けの色が心に残る
好きだと思うばかりに一途な時間
いつまでも忘れずにいてと
耳の奥までその声が湧き出す
もう果てしない時が過ぎて
ぼくの心は遠い空に消えてしまう
ああこれが愛だったなんて知りもしない

十年以上あるサイトに詩を綴ってきた。
真っ直ぐな思いをひたすらぶつけた朧の時間である。
この間にわたしも随分と齢を重ねた。
先ほどそのサイトに「さよなら」を告げた。
出来る限り息づく想いを伝えたいと考えていたが
そろそろ潮時である。
潮時はわたし自身のことにしか過ぎない。
これも残された人生の一コマだろうと信じる。
十年にわたる詩の思いはこんな句に昇華しています。


◇ 長月近詠 ◇
解夏草に触れ一刻の祈りかな
わが手から離れしものよ水の秋
風裏に今は身を置きこぼれ萩
匙窪に銀の朝露かしこまる
鳴き止まぬ蜩を背にこの地去る
父さんと呼んで今年の墓洗ふ
かき合はす襟元騒ぐ初嵐
手の平にある鳳仙花のいたずら
明日見えぬ空悠然と鳥渡る
絶海の星瞬きぬ月見草
約束の膳に馬鈴薯煮てください
秋色の記憶に時計台の鐘
さざ波のやうな秋風まとひつく
匂ひ立つ草の香に我立ち尽くす
初菊を手折りて母の傍らに
八枚の花びら憂ふあきざくら
句読点打つて安堵の桐一葉
階段を上ると正午終戦日
友くれし朝顔けふも空目指す
今宵こそあの流星を手に受けん
切々と異国の歌や根無草
一太刀を阿修羅のごとく鷹の爪
泣きとおす山二つほど秋の雷
枝先にいとも無言の秋日影
この五指をただ徒に女郎花
頬杖をつく右角の秋日和
溝萩や哀しきほどの花姿

 
☟ 拍手があれば嬉しいな
   

最後の言い訳はもう少し先に

【 詩・俳句 】

最後の言い訳
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写真はポピーを葉裏から撮る。
他人様を裏側から覗くことは滅多にないが
こと自然物であればこの挙動は止まらない。
例えば河口から源流からまでの川歩き。
葉脈の規則性と不規則性の矛盾等々。
森羅万象に眠るものはけして語らないことに
ただただ惚れぬいてきた人生である。
少し潰え始めた情熱は齢のせいと決めつけず
最後の言い訳を先延ばしにしよう。
そんな思いを句に置き換えてみました。

◇ 葉月近詠 ◇
ペコちゃんの舌長々と炎天下
口笛を吹き悔しさを断つ青田
えぞにうの風引き戻す遠岬
星涼し吾娘に伝える母のこと
平凡を非凡と装ふサングラス
古書店の閉ざす戸口に大南風  
山頂のケルンに触れて雲の翳
山襞を見せず青嶺の深眠り  
人去りて初蝉を聞くひと日かな
七月の雨が教える夜のとばり  
日高路の尾根隆々と馬冷す
象の耳払ふ大暑のもどかしく  
お百度の願ひ叶えて梅雨の蝶
沢筋を脱兎のごとき晩夏光  
得意げに斑を躍らせる群山女魚
ごんごんと山迫りくる旱空   
青鳩の喉をうるほす潮境
風死して忘却の二字を語らず  
忘れ得ぬ人の便りや亜麻の花
雲海をただ一望の縦走路  
ありたけの父が残せし草いきれ
ゆるゆると木魂育む青時雨   
病葉の一枚を手にまた無言
円虹の架ける平和と言ふ地球  
いざ行かん白帆棚引く水芭蕉 
彩雲の影を踏みゆく夏山路   
萍や無心に浮かぶ我が余生 
西日受け石斧を天に振り翳す  
慎ましく別れのやうな独活の花
渓谷の水声誘ふ盛夏かな    
木道の騒めき沈めちんぐるま 
灼け砂を真直ぐに歩む少年期  
姥百合の種まき散らす離農跡
片陰に黙すをとこの無一物   
ひねもすを漫ろに歩く風露草
徒然と言の葉紡ぐ夜の秋    
登校の列を乱さず合歓の花
大楡の葉音に気づく秋隣    
手に触れし夢想を摘んで蛍草
混沌の世に泰然と端居かな   
車椅子押す細腕の花さびた
形代や万象と言ふこの素顔   
行き合ひの空に転げて青胡桃 

 
☟ 拍手があれば嬉しいな
   

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プロフィール

◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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