晴耕雨読の日々

我は動かぬ石かはたまた空を貫く風となるか、時折徒然を呟く

君と歩いた青春

【 音楽・スポーツ 】

君と歩いた青春
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今年もあとひと月半である。
何やら様々な講座を引き受けた
こともあって暦の進むこと。
不毛の時間を費やすよりは
幸せなことである。

辛い時期があってほのかな幸を
得られると誰かが教えてくれた
のだろうか。
いや、自分で実感しているのかな。

押し迫ってきたので喪中の葉書が
随分と届く。
年の近い友の幾人かが鬼籍にとの
連絡。
君と歩いた青春は誰もがあったはず
なのに相方だけが遺される。
拙作の水彩画を手向けて思うこと。

やるべきことを淡々と続けて先に
逝った人たちの分まで過ごそうと。
句会の仲間達の佳句をご披露します。

川端の寂れし標秋の音

ことし来て藁黒も吾も達者です

色葉散る隣戸の樹々も綯い交ぜに

愛おしき小さき汝ら野紺菊

友集ふ久しかりしも秋長けて
  
駐車場コインの音の冷まじき

ベレー帽見立てくれしはえんじ色

晩学の朋引き合はす黄落期  

淡々とポプラ揺るがず冬隣 

風筋を大河に連ね雁の声 
   
天翔る月の憂ひか影は濃く

ひと色に大地描きぬ山の秋

それぞれに千草の花の持つ力

地の底の盛り上がるごと虫の秋

高層の秋風一気に転げ落つ

渋柿を二つに分けて老い二人

絵葉書のピーマン語る浮世かな

ナポリタン酸味の強き秋の暮

菊人形ただ子の背を見つむ母

誰も皆タイヤ話の冬支度
 
森を越え海を伝ひて秋の鷹

点々と火の粉散らばる蔓梅擬

未来指すクラーク像や露時雨

しゃきしゃきと夜の静寂に林檎食む

鳥の来て何処に芽生えん楓の実

切干しに風の筵や石を置く  

吾木香揺れて本堂浮くごとし

寺の庭掃き残しある月の影

行平に粥の粘りや水の秋

虫鳴いて路地の深闇やはらかし

着ぶくれて演歌の街へ繰り出さん

盗み酒妻の寝息の霜夜かな

炊き立てに煮凝りのせし馳走かな

屋根ひとつ妻にもらひし流行風邪

情けには及び腰なり寒鴉

皆同じ目のらんらんと菊人形 

回廊の頭上は低き石蕗の花  

鈍色の雲動かざる時雨かな

図らずも御身の慣れて冬に入る

マフラーの今朝の話に加はりぬ



拍手があれば嬉しいな
   
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月光が照らす笑顔

【 音楽・スポーツ 】

Beethoven Silence
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一年は早いものである。
三年ほど続けた子供達との剣道。
サヨナラしたのが少しの前のよう。
出来るだけ一緒にと考えていたが
二つのことができなくなってきた
御年のために断念しました。

偶に車から可愛い子供たちの様子
を見る機会があるけれど。
屈託のない笑顔は変わらないでいる。
そう思いたいのだからしようがない。
めっきり身体を動かすことが少ない
ので朝のストレッチを続けている。

まあ、齢を考えればこの上ないだろう。
この程度と考えるだけで納得したい。
子供達との別れと入れ替えの俳句講座。
大勢の方たちと一緒に句を楽しんでいる。

ギラギラでは無くキラキラとした感性を
育む手助けができたらなあ。
私自身への確かめでもある。
お膝元の仲間達もすこぶる健句である。
今月も粒ぞろいの句が揃いましたよ。

埋もれゆく手帳の余白小鳥来る

ぼた餅やずしりと母の想いほど

長き夜の人間失格読み返す

地下鉄の中に色なき風の有り

朝ぼらけアラーム止みて秋の虹

秋ひと日旅の便りや吾も此処に

息づくも実生るもがもな花茗荷 

十日夜の月は遠くも近くにも

音響をとめて聞き入る虫の声

ささやかに暮らす媼や酔芙蓉 

秋冷の山に灯を置くジャンプ台

月の夜に夢む中空土偶かな 

薄野に雨のぽつぽつ叩き初む 

年離る姉は文待つ秋燕   

菅笠の足取り軽く車夫の秋

探しゆく終の棲家へ秋の蝉

秋蝶や纏へるものをひとつずつ 

名画座のチターの音色秋ひと日 

言の葉の胸に届きて秋うらら 

父遠く想ひ熟せる新麹

秋刀魚焼く匂ひ立ち初む漁師町

あちこちに配って多き芋の秋

移ろひて同じもの無し秋の雲

忘れらる子らの朝顔俯きて

蝦夷栗鼠に案内されて秋の森
  
墓標まで野辺の送りや秋薊

行合の空分かつまで飛行雲

十勝野へ狭霧の峠越えてゆく

望郷の島遠ざけて霧襖

足音の途絶えるるると虫集く

信号を待つ一分の冬隣

音消えて空の戻りぬ威銃

靴下げて泣いてくる子や葉鶏頭

日の射して土あたらしく吾亦紅

烏瓜曳けば微かに山の音

野に伏して匂ひ残せし秋の蕗

今年こそ何にもせぬぞ冬支度

紅の蠱惑セピアの森の天狗茸

半眼の哲学者めく沢鰍

童一人ジャングルジムの朝の露



拍手があれば嬉しいな
   

大姥百合と一緒に

【 写真・水彩画 】

If We Hold On Together
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長月句会の講評書きに時間を費やす。
例月のことながらこれが結構大変。
昔取った杵柄というか、ペンの重さに
しどろもどろとなる御年でもありつつ。
まあ、なんとかヨロヨロと筆を走らせる。

十年ほど前までは音を聴かずに
キーを叩けなかったのに今となっては
静寂の中にゐて思考が動き出す。
すわわち二兎を追えなくなっている。
これさえ馬耳東風と追いやる。

滞る思考を駆り立てようと聴いた曲。
これが冒頭のダイアナロス。
しっくり耳に馴染む。
和訳タイトルはこうしておこうか。

「私達が一緒に耐えていけば」
自分の道を見失わないで
一日が過ぎる度に
こんなに遠くまでやってきたわ
人生を投げ出さないで
信じて生きるのよ
夢は織り成すためにあるの
奇跡は幕が開くのを待っているわ

追いかけられるように月日を刻む。
それを分かりつつも誰かと一緒に
居たいと願う。人である限り。
俳句を通して肩寄せ合う仲間達。
その息吹をあなたへにも。

産声の子の齢数え天高し

珍奇なる唐茄子買ひて昼の雨

地虫鳴く校庭広き過疎の村

川端の杭をつかみし赤蜻蛉

風爽か花の名問ふて立ち止まる

振り向かぬ別れありけり山葡萄

秋まだき薄紫の安堵感

朝顔や枯れて忘るる鉢ひとつ

見上ぐれば空また空よ秋麗

弾け飛ぶ砲丸投げの女子の汗

捕らはるる三枚羽の蜻蛉かな

水彩の一筆に描く秋の雲

あの辺り鳴き渡るかな虫の声

朔北の地にもカンナの天を突く

草の実を裾に付け来て図鑑繰る

七夕や蝋燭出せと子らの声

懐かしの色づくひよこ秋祭

地虫鳴く暗き我が家へ続く道

新涼の風を仏間に艶布巾

秋晴や部屋それぞれに風の道 

秋日傘抱へ久しき古書店へ

荒畑の蔓を辿れば西瓜の子

傾きし案山子きりりと鉢巻す

風に耐え風を孕みて秋桜

父叱る吾娘のメールや秋高し

サルビアに憧れる身は風のまま

忙しなき街の空にも星流る

合戦の声張り上げてきりぎりす

新涼や遠き峰より風落つる

解夏の朝はためくシャツの白眩し

隠沼の風を哭かせて反魂草   

もう飛べぬ末期の叫び秋の蝉

暁の空にまみゆる月見して

秋ざれて暦の薄さ気になりぬ

葉擦れ聴く大樹傾き月の夜 



拍手があれば嬉しいな
   

自律を働かせ

【 詩・俳句 】

366日
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HYの哀愁歌なら366日。
一年では足らず貴方を想っていると歌う。
「うたう」とキーを叩くと候補字の筆頭は「詠う」と出る始末。
如何に俳句に傾倒しているということか。

少し前から娘に謹呈された「騎士団長殺し」を読んでいる。
「詠み」ではなく「読み」である。「黄泉」でも「夜見」でもない。
齢を重ねるということは限定された思考に陥るとあったのは
わたしの備忘ではないはず。

少しずつ狭まる思考の枠を少しずつの力で撥ねつける。
そうしようと決めたのがいつかも忘れるけふこの頃である。
謹呈の意図を察しようとくまなく文字を追うがそれも怪しい
末路になるかもしれないぞ。

とにかく思考の続く限りは幅広く事物を見詰め触れたいと。
写真は前月の吟行での一枚。
蝦夷丹生を拳に譬え遠岬
晩夏の積丹半島。神威岬の風はまだ生温い。
汝を叱咤するにはちょうどいい。

そんな戯言をものともしない仲間の句を今月も届けます。
自律で見いだせるものは限りなく少ない。他律があってこそ。

落ちかかる夏日に映ゆる紅の花

いつしかに思い出捨つる夏の海

血縁の滔々と身に合歓の花

重ね合ふ願ひの石よ夏の山

向日葵の迷路の果てに地蔵尊

日盛に半裸の父の鉋がけ

おとなしくする約束や忍冬

風待ちて愛が欲しいといふヨット

風鈴の欠片きらきら風の音

遠のきて郷の湯宿や月見草

ひと時の静けさ潰え蝉しぐれ   

読経の声もそぞろに大暑かな

トマト畑老爺が妻を呼びたる

作り滝銀のナイフのくぐもれる

抗いて沢蟹砂防ダム登る

二度くぐり茅の輪見上げて願ふこと

緋の日傘くわえ煙草のをんなかな

得意げな空また空や夏の旅

満載のダンプ操るサングラス

過ぎ去れば惜しきものなり夏の果

どこまでも大地と空の夏の旅

幼子の麦稈帽に野花摘む

蓼酢の香いつかの記憶呼び覚ます

ひと日ずつ日の暮早み夏惜しむ

蛍火やこの世のことはこの世にて

四阿に撓垂れかかる青胡桃

朝涼の水音はぐくむ山毛欅林

百年の屯田の森苔清水

聴こえくる宇多田ヒカルの声涼し

茫茫と夏草深き日に黙す 

ランナーの足一歩ずつ灼くる道

右利きや左団扇と云われても

母恋ふる声の届けと夏の星

日盛りに人影絶えて立葵 

蛸下げて畷を通る半夏生

一陣の涼風去りて大樹かな

戸を開けて朝日冷たし夏薊

咲き初むる愛花倒せし驟雨かな

あさがほに似て咲く花の昼下り

焼肉に一家言有りサングラス



拍手があれば嬉しいな
   

愛の詩を届けよう

【 愛 】

真夏の通り雨
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掲載した拙画は私の手によるもの。
幾年か前に何度か訪れた晩夏の野付半島。
道東の片隅に眠る汽水湖はまほろばの地。

何やら人にかまけてばかりの時間を費やし
自分自身に肥料を施すことを忘れる日々。
蒔いた種が実るかそれも分からずに
ただただ闇雲に疾走していた自然人。

あの直向きな男が今となっては誰なのか
それさえ気づかずにいる今日この頃。
真夏の通り雨のように偶には想い出すこと。

深遠の山々であり静謐のせせらぎである。
今でもわたしを待っていてくれるか。
そんなことを浦々と考えつつまた句座の
仲間たちの愛の詩を届けよう。

白龍の雲泳ぎゆく夏の峰  

鎖場のにはかに曇る滝谺

山百合に佇むきみを彷彿す 

差伸べる手を手で包む夏の駅

大雪のお花畑のベリーかな

かなかなや男所帯の皿洗ふ

風の音の迷ふ一隅亜麻の花 

子燕や親の後追ふ巣立ちかな

夕焼の彼方に子らの帰りゆく

清流の紫煙辿りし夏の蝶

夜濯のシャツをこまぬく蒼き夜

夜涼みや愛し小町の疎ましく

陣守る水鉄砲の少年兵

母と娘の厨に添ひて夕焼雲

紫陽花のいま盛りなる屋敷跡

葉桜や吾娘の葉書に叱られる

移りゆく季節と齢梅雨寒し

青時雨心地よきかな道祖神

雪渓の雫に川の生まれけり

くちはなの尻尾余せし草の宿

橋二本大河をまたぎ半夏生 

狭庭辺の薔薇一輪をテーブルへ

ただひとり立ち尽くしてる夏銀河

梅雨寒や俺の畑を深く掘り

ベクトルはどこに向くのか夏の果

四葩咲く還らぬ朋のブログかな   

夏雨に黙し語らぬ傘の群れ

炎天の鴉一羽の舞ひ降りて

清流に出てはゆかぬぞ山椒魚

ふくふくと李なりたり五つ六つ

ベンチへとひとひら桷の花散りぬ

屈みゐて紫陽花色に包まるる

気を消して自然となりし岩魚釣り

さみだるるシャッター街に万国旗

麦の秋方円遠く平らげり

捩花のうねりも見せず空仰ぐ

滴りに父さんの筆冴えわたる

ありがとう言ふ今日明日の夏日影

昼寝覚まだ降り続く雨に濡れ

露草や死にゆく犬の鼻の先



拍手があれば嬉しいな
   

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プロフィール

◎ 今人- imajin

Author:◎ 今人- imajin
湿ったアスファルトには
春風が消え夏の息吹が漂う
あの青々とした山間に棲む
コロポックルの戯れ
邪気のないことに憧れて
恋焦がれる思いを託すのさ
鈍色の空を只管仰ぎながら
何度薄暮の時間を迎えたか
長い長い冬の時間に萎れて
灯りを見出せないままの辛さ
無為の日々を過ごすことは
とてつもなく悲しい
影のように重なる自分が居て
ただその場に蹲っていた
閃光のような光が与えられて
照らし出されたわけでもなく
今を生きていることに気づく
そうさ多くは望まなくとも
森羅万象に眠る慈愛を
つまびらかに明かすが良い
葉漏れ陽に包まれて
僕は此処に居る

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

冒頭の詩は、今を生きる人
をタイトルにしています。
あまり、肩肘を張らない
タイプの人間ではあります
が、少し勢いを付けたいと
思う今日この頃。

詩のタイトルに倣って、
筆者名は【今人-imajin】
となりました。お気づきの
ように、ジョンレノンの
イマジンも模倣した訳です。

どちらかと言うと、
アスファルト・ジャングル
よりも山川に出没するのが
多いのですが、テリトリー
ではないので、吠えません。
万物万象には、畏敬の念を
忘れないようしています。

ただ自然の中にあるエナジー
は、日々の暮らしの糧になり
ますので、ちょいと拝借を
しています。
その場で文筆や写真・水彩の
記録をさせてもらってます。

その時折の呟きやら写真・
水彩画などを掲載するつもり
でいます。お訪ねのあった
機会には、拙い散文の背景や
行間を探ってみてください。

筆者として望外の喜びです。
よろしくお願いします。

連絡先はこちらに
banshow114☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてください

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